Héritage L.Vuitton

①スピーディ誕生前史、旅と都市生活のはざまで

はじめに


1930年頃に誕生したスピーディは、ルイ・ヴィトンのクラフツマンシップと時代を見据えた先見性を体現するバッグとして登場しました。当時は「エクスプレス」という名称で販売されており、スピーディという名前が広く定着するのは少し後のことになります。従来の硬いトランクではなく、柔らかく軽いソフトボディを採用したこのバッグは、それまでのルイ・ヴィトンの伝統的なトラベル・ラゲージとは一線を画す、シティバッグとなるものでした。

1855年頃のルイ・ヴィトンのポスター
ポスター(1855年)個人コレクション

1855年に、ルイ・ヴィトンが初めてロンドンのオックスフォードストリート289番地に店をオープンした当時のポスター。積み重ねができる平らな天板のハードトランクが主力製品であることが判る。

その後、ルイ・ヴィトンのモノグラム・キャンバスやエピ・レザー、ダミエなど、多様なラインナップの中でスピーディは何度も再解釈され、時代ごとのライフスタイルや美意識に呼応する形で進化を遂げていきます。1965年には「スピーディ25」が誕生し、より都市型で洗練されたバッグとして一躍スタイルアイコンの仲間入りを果たしました。

ここでは、ルイ・ヴィトンのスピーディが誕生してから今日に至るまでの軌跡をひも解いていきます。メゾンが育ててきた美意識と、使い手が選び続けてきた理由。その両面から、スピーディという名品の本質に迫ります。

スピーディ誕生前史、旅と都市生活のはざまで


スピーディの誕生は、ルイ・ヴィトンが創業以来こだわり続けてきた「移動の美学」に根ざしています。1854年にパリで創業したルイ・ヴィトンは、当初から旅人のための機能的で美しいラゲージを生み出すことに注力してきました。蒸気船や鉄道の普及により人々の移動距離が飛躍的に拡大していった19世紀後半、ヴィトンは旅を快適にする道具としてのトランクを進化させ、平らなトップを持つスタッカブルなデザインや、防水性を備えたトリアノン・キャンバスなどを次々と発表しました。

(左)ダミエ・トランク (右)グリトリアノン・トランク ©Louis Vuitton

20世紀に入ると、旅のスタイルが変化していきます。大量輸送や自動車の普及により、より身軽で柔軟な荷物が求められるようになりました。この流れのなかで登場したのが、1930年の「キーポル」です。折りたたみ可能で軽量なソフトタイプの旅行バッグとして登場したキーポルは、従来のトランクとは一線を画し、都市と郊外を往復する移動手段の変化に対応した、まさに“現代的な旅”の象徴でした。 

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そして1930年頃、ルイ・ヴィトンはキーポルのコンセプトをさらに発展させ、より小型で日常使いに適したハンドバッグ「エクスプレス」を発表します。このバッグこそが、後に「スピーディ」と呼ばれることになるモデルの起点です。軽くてしなやかなボディ構造はそのままに、サイズ感を都市生活に最適化したこの新作は、日々の移動をスタイリッシュかつ快適にするアイテムとして注目されました。

ルイ・ヴィトン スピーディ30 ©Louis Vuitton
スピーディ30 ©Louis Vuitton

この時代、女性たちのライフスタイルも大きく変化していました。1900年代初頭から1930年代にかけて、女性たちは社会でより活躍するようになり、ファッションにも自由で機能的な要素が求められるようになります。体を締め付けるコルセットに代わって動きやすいドレスが流行し、手にするバッグもまた、軽やかで機能的なものへと移行していきました。自動車が一般に広がり始め、人々の移動スタイルが根本的に変わろうとしていた時代において、従来の大型旅行バッグでは対応できない新しいライフスタイルのニーズが広がり始めました。

1901年ルイ・ヴィトンカタログ表紙画像
個人コレクション

ルイ・ヴィトン製品カタログ(1901年版)の表紙画像

エクスプレスはまさにその時代の要請に応えるものでした。ルイ・ヴィトンがもともと得意とする耐久性の高いキャンバス素材と、熟練した職人による丁寧な縫製技術が組み合わさることで、機能性と美しさを兼ね備えた日常使いのバッグが実現したのです。

当初はトランクメーカーとしてのイメージが強かったルイ・ヴィトンが、シティバッグという新たなカテゴリに挑戦したこの試みは、ブランドにとって大きな転機でした。それは、単純な商品展開の拡張ではなく、移動と都市生活、そして女性の変化する価値観に対する応答でもありました。




参考資料出典:
・『Louis Vuitton: The Birth of Modern Luxury』, Paul-Gérard Pasols, Abrams
・ルイ・ヴィトン公式ヒストリーページ(過去アーカイブ含む)




STORY

  • ルイ・ヴィトン200年の物語
  • Héritage(エリタージュ)LV

このコラムについて

この、Héritage(エリタージュ)L.Vuittonのコラムでは、14歳で故郷を旅立った少年、ルイ・ヴィトンの夢が世界を魅了するまでの、200年のストーリーをたどります。

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