Héritage L.Vuitton

②正式名称「スピーディ」とオードリー・ヘップバーン

正式名称「スピーディ」名品の確立

1930年頃に「エクスプレス」の名で登場したルイ・ヴィトンのハンドバッグは、しなやかなモノグラム・コーテッドキャンバス(注:現在のPVCではなく、コーディングされた綿キャンバスにペガモイド誘導樹脂で模様を転写)にヌメ革ハンドルと、コンパクトな構造で新たな都市生活者に向けた製品として注目を集めました。サイズは複数の資料で前幅(基底幅)30㎝であったことが確認できます。

そして、このバッグは間もなく「スピーディ」として再定義され、ルイ・ヴィトン初の“日常使いに適したハンドバッグ”としてその地位を確立していきます。ルイ・ヴィトンにとっ、トラベルラゲージ専業からシティバッグへ舵を切った象徴的なプロダクトでした。

モノグラム(ペガモイド)キャンバス
モノグラム(ペガモイド)キャンバス
ルイ・ヴィトン スピーディ30
スピーディ30 ©BrandJOY Archives


「スピーディ」という名称には、スピード感や機動性、そして時代を先取る女性たちの軽やかなライフスタイルが重ねられています。旅や社交をしなやかにこなす女性たちにとって、従来の硬質なトランク型ラゲージはもはや日常的ではありませんでした。ルイ・ヴィトンはそのニーズに応えるかたちで、バッグの小型化と軽量化、さらには持ち運びの快適性を徹底的に追求します。当初は「車の助手席に置けるバッグ」というコンセプトで開発され、自動車時代の到来を象徴する製品として位置づけられていました。

特に、ルイ・ヴィトンを象徴するモノグラム・キャンバスとの相性は抜群でした。1888年に誕生したダミエに続き、1896年に登場したモノグラム・パターンは、ブランドのアイデンティティを可視化する役割を担っています。スピーディの柔らかな曲線にモノグラムのリズムが加わることで、単なる日用品ではなく、視覚的にもラグジュアリーを体現するバッグが完成したのです。

その美しさと実用性は、1950年代後半にはすでに広く評価され、ヨーロッパを中心とした都市圏の女性たちの間で定番のバッグとして浸透していきます。スピーディは旅行バッグから派生したにもかかわらず、旅行用途を越えた“日常のためのエレガンス”を提案する存在へと成長しました。

ブランド内でのポジショニングも変化します。それまで主力だったトランクや大型バッグとは異なるラインとして、スピーディは“軽やかでモダンなルイ・ヴィトン”を象徴するシリーズの中核となり、後のアルマやノエと並び、バッグコレクションの柱へと昇華していきます。

オードリー・ヘップバーンという伝説、スピーディ25誕生

この時点で、スピーディはすでに完成度の高いモデルであり、多くの人々にとって理想的なハンドバッグとなっていました。しかし、この名品に決定的な「文化的意味」を与えたのが、1960年代に起きたある特別なオーダーでした。それが、この“伝説的女優”との邂逅です。

1965年、ルイ・ヴィトンに舞い込んだ一通の特別注文が、ブランドの歴史を大きく動かすことになります。それは、映画界の永遠のミューズにして、ファッションアイコンとしても絶大な影響力を持つオードリー・ヘップバーンからのリクエストでした。

【Instagram:オードリー・ヘップバーン①の投稿が表示されます】

引用:Instagram@soaudreyhepburn


彼女が求めたのは「もっと小さく、より日常に寄り添うスピーディ」。当時の標準サイズだった30センチでは、オードリーの華奢な体格や都会的な日常スタイルにやや大ぶりであると感じられたのでしょう。その声に応えるかたちで、ルイ・ヴィトンのアトリエが新たに制作したのが、スピーディの新サイズ「25」です。このスピーディ25の誕生は、バッグのサイジングに対する新しい概念をもたらした。それまでの実用性重視から、身に着ける人のプロポーションやライフスタイルとの調和を重視する発想への転換点だったのです。

ルイ・ヴィトン スピーディ25
スピーディ25 ©BrandJOY Archives


このカスタムオーダーに応じたという事実そのものが、当時のルイ・ヴィトンにとっても大きな挑戦でした。量産のためのデザインとは別に、特別な個人のニーズに応えることで、ブランドは「クラフツマンシップと柔軟性の融合」という姿勢を世界に示したのです。そしてこのスピーディ25は、オードリーの私生活やパパラッチフォトに幾度となく登場し、“リアルライフに根ざしたラグジュアリー”の象徴となっていきます。

【Instagram:オードリー・ヘップバーン②の投稿が表示されます】

引用:Instagram@soaudreyhepburn


シンプルなバレエシューズにクロップドパンツ、無地のトップスという彼女のベーシックなスタイルの中に、スピーディ25はまるで自然に寄り添うように存在していました。ブランドロゴを過剰に主張することなく、しかし確かな気品を添える佇まい。まさに、オードリー・ヘップバーンその人のように。

スピーディ25の正式展開はその後まもなくスタートし、以降このサイズは、単なる一バリエーションを超えて、「ブランドと顧客の対話が生んだ名作」として、ルイ・ヴィトンの歴史に刻まれることになります。

このエピソードが示しているのは、ルイ・ヴィトンの真価です。それは流行を追うことではなく、時代の美意識に呼応しながら、個人のライフスタイルに寄り添い、共に歩む姿勢を体現すること。オードリー・ヘップバーンという存在を通じて、スピーディはラグジュアリーバッグの新しいあり方を示し、現代に続く“愛され続ける名品”としての地位を確立したのです。



参考資料出典:
・『Louis Vuitton City Bags: A Natural History』
・各種オードリーの伝記、ファッションアーカイブ
・Instagram@soaudreyhepburn



 

STORY

  • ルイ・ヴィトン200年の物語
  • Héritage(エリタージュ)LV

このコラムについて

この、Héritage(エリタージュ)L.Vuittonのコラムでは、14歳で故郷を旅立った少年、ルイ・ヴィトンの夢が世界を魅了するまでの、200年のストーリーをたどります。

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