2025.05.06
カテゴリ: 1.キーポル
①キーポルの誕生と進化の歴史
最新のキーポル·バンドリエール 50 ダモフラージュ·ブラック キャンバス
キーポル·バンドリエール 50 ダモフラージュ·ブラック キャンバス(2025年プレフォール)
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はじめに
ルイ・ヴィトンの「キーポル (Keepall)」は、1930年に誕生した旅行用ボストンバッグです。軽量かつ柔軟な作りで、発表以来およそ90年以上にわたり世界中で愛され続けているロングセラーとなっています。ブランドに詳しくない方でも、モノグラム柄の大型ボストンバッグとして空港などで見かけた経験があるかもしれません。この記事では、キーポルの誕生背景から現代までの歴史、開発当時の旅行文化、名前の由来、素材やモデルの変遷、著名人による使用例、映画や広告に登場したシーン、そして現代ファッションにおける位置づけまで、幅広い視点からその魅力を紐解いていきます。
キーポル誕生の歴史的背景


1930年、ルイ・ヴィトン家の二代目当主ジョルジュ・フェレオル・ヴィトンとその息子ガストン・ルイ・ヴィトンのもとで、ブランド史上最も象徴的なソフトトラベルバッグの一つ「キーポル」が発表されました。当時、自動車や鉄道による短期間の旅行が広まりつつあった時代で、重く嵩張るトランクに代わる軽量で持ち運びやすい旅行鞄が求められていました。キーポルはまさにそのニーズに応える形で開発され、モダンでスポーティーな週末旅行バッグとして誕生したのです。


当時すでにルイ・ヴィトンのモノグラム柄自体(花とLVの意匠)は存在しましたが、キーポルには発表当初モノグラムのプリントはなく、無地のキャンバス生地が採用されていました。色味について明確な記録は残されていませんが、同時代のヴィトン製キャンバス地から考えると、上の再現画像のような生成り(アイボリー)や薄いベージュ、あるいは汚れの目立ちにくい茶系だった可能性があります。
ジョルジュ・L・ヴィトンと旅行文化の変化
初代ルイ・ヴィトンの息子であるジョルジュ・ヴィトンは19世紀末から20世紀初頭にかけてブランドを牽引し、盗難防止の新しい錠前「タンブラー錠」やモノグラム・キャンバスの考案など数々の革新を行いました。彼の時代には富裕層の旅行形態が大きく変わり始め、馬車や汽車から自動車へと移行する中で「身軽な旅」への憧れが生まれていました。ちなみに、この頃のアメリカでは有名な「T型フォード」が1908年に登場し、その後20年間で1,500万台以上が生産されました。
当時はまだ大型のハードトランクが主流でしたが、自動車旅行ではトランクに積みっぱなしにできる荷物とは別に、乗車中に手元に置ける軽い鞄が重宝されるようになります。ジョルジュの息子ガストンは、この新たな旅行文化に着目し、女性も含め誰もが気軽に持ち運べる実用的な旅行バッグの開発に乗り出しました。こうして誕生したキーポルは、スポーツやリゾート地への小旅行、ドライブのお供など、多様なシーンで活躍するモダンなトラベルバッグとなったのです。
名前の由来:「Tient-tout」と「Globe-Trotter」
「キーポル (Keepall)」という名前は英語で「何でも入れておける」の意味合いを持ち、そのコンセプトを端的に表現しています。一方、発売当初の愛称として「Tient-tout(ティヤン・トゥ)」や「Globe-Trotter(グローブ・トロッター)」と呼ばれていたことも特筆されます。Tient-toutはフランス語で「なんでも収める(=hold all)」という意味で、収納力に優れた本バッグを端的に表現する名称でした。またGlobe-Trotterは「世界中を旅する人」を指し、当時の広告などで現代的な旅人の象徴としてこのバッグが紹介されていたことがうかがえます。いずれの名称も、キーポルが大量の荷物を一つにまとめて機動的に旅するためのバッグであることを示唆しています。
1914年版ルイ・ヴィトン公式カタログ(54ページ左側掲載)「HOLDALL(ホールドオール)」の図をカラー化した再現画像
なお、興味深い事実として、1914年のルイ・ヴィトン社公式カタログに、最も古く発売されたソフトラゲージのひとつである「スティーマーバッグ」と並んで、「HOLDALL(ホールドオール)」という名称のバッグが掲載されています。外見から現在の「ガーメントケース」の役割に近い物のようにも推測されますが、この1914年の「ホールドオール」が、その後の「キーポル」の系譜に繋がるものかについて言及した資料は、残念ながら見つかっていません。
ハードからソフトラゲージへの転換とキーポルの意義
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ルイ・ヴィトンは頑丈な木製フレームの大型トランクやハードケースで名声を博しました。しかし1930年代に入り旅行スタイルが変化すると、従来のハードラゲージだけでは対応しきれなくなります。キーポルの登場は、ラゲージの世界がハードからソフトへ転換する大きな節目となりました。ルイ・ヴィトン「モン・モノグラム」パーソナライゼーション・サービス(2025年)
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キーポルは発表当初、丈夫なコットンキャンバス製のソフトボディで作られており、荷物が少ない時には平たく折り畳んでスーツケースの底に収納できるという画期的な特徴を備えていました。これは従来の堅牢なトランクにはない柔軟性であり、必要に応じてバッグ自体を畳んで持ち運べる利便性は当時としては革新的でした。
実際、キーポルはルイ・ヴィトンの看板であるハードタイプのトランク類を補完する存在であり、自動車のトランクには堅いスーツケースを、車内には柔らかなキーポルを積んで旅に出るというスタイルが生まれました。適度に大きすぎず軽量なキーポルは、必要最小限の荷物をまとめてすぐに持ち出せるフットワークの良さから「史上最高のウィークエンダーバッグ」と称されるまでに至ります。
このように、キーポルは時代のトレンドに応じて誕生した実用的デザインであり、その成功によって他ブランドでもソフトタイプのボストンバッグが次々に生み出されるきっかけとなりました。堅牢なトランク作りで知られたルイ・ヴィトン自身がソフトラゲージを手掛けた意義は大きく、以降の同社製品ラインナップ(スピーディやノエなど)にもその影響が色濃く表れています。
参考資料・出典:Louis Vuitton公式サイト、Sotheby’s記事、Weekly Lux Drop記事、その他ブランド解説サイト
STORY
- ルイ・ヴィトン200年の物語
- Héritage(エリタージュ)LV
このコラムについて
この、Héritage(エリタージュ)L.Vuittonのコラムでは、14歳で故郷を旅立った少年、ルイ・ヴィトンの夢が世界を魅了するまでの、200年のストーリーをたどります。