2025.03.16
カテゴリ: コレクション
ヴァレンティノ アレッサンドロ・ミケーレが描く「メタ劇」と親密さの概念、25/26年秋冬コレクションを発表
ヴァレンティノは、日本時間2025年3月9日(日)、フランス・パリのアラブ世界研究所にて、アレッサンドロ・ミケーレが手がける2025-26年秋冬コレクション「ル メタ テアトロ デ アンティミテ(LE MÉTA-THÉÂTRE DES INTIMITÉS)」を発表しました。
LE MÉTA-THÉÂTRE DES INTIMITÉS
ル メタ テアトロ デ アンティミテ
「時として“親密”という言葉は、単なる外見を超えて、隠された真実に触れることを許される空間へと私たちを導く。そこには、真正性が約束された曖昧な意味が含まれているのかもしれない。」(R. マデラ)
アレッサンドロ・ミケーレは、親密さとは本当に物事の表面から離れ、真の自分と向き合うことを可能にするものなのか、あるいは社会が押し付ける仮面と対照的に、それを深遠なる真実への入り口として捉えられるのか、という問いを投げかけます。彼は、親密さを“シェルター”として賞賛することは幻想にすぎず、それは常に変化し続ける私たちの存在の中で、確固たるアイデンティティを求める試みであると考えます。本質的に多面的で、単純化することのできない私たち自身の姿をひとつにまとめようとする強い願望がそこにあるのです。
どんなに親密な関係を築いたとしても、私たちが完全に“裸”になることはなく、いかなるヴェールを剥がしたとしても、真の自己の前に立つことはできない、この事実を受け入れる必要があります。なぜなら、人生の選択や影響を受けることのない“純粋な自己”が存在するという考えは、誤解を生むからです。
最も深い親密さとは、一つの劇のようなものなのかもしれません。それは「存在」というメタ劇であり、決して終わることのない舞台裏の時間と空間の中で、自ら根源的な問いに向き合う多面的な表現、「私たちは何者なのか」という問いに、私たちは向き合うことになるのです。
親密さを“メタ劇的空間”として捉えることは、その価値を否定するものではなく、むしろ真実に迫るために必要なプロセスといえます。それは、「本質が隠された核心に到達したと装うのではなく、幾重にも重なる層を取り除くことであり、見た目や役割、演出された偽装よりも真実であるべき」(R. マデラ)という意味を持ちます。
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは、深さと表面の関係性を分析し、外見が内側のすべてを包含していることを強調しました。一方、ポール・ヴァレリーは「人間において最も深いものは、皮膚である」と詩的に表現しています。さらに、マリオ・ペルニオーラは、表面が深さを持つだけでなく、深さそのものが一つの層であると捉える視点を提示しました。
こうした視点を踏まえ、私は“公衆トイレ”を想起しました。そこは、内と外、見せるものと隠すもの、個人的な空間と共有される場、プライベートとパブリック、そして深層と表層といった、対立する概念が一時的に交差し、曖昧になる場所。ミシェル・フーコーが提唱する“空間的ヘテロトピア”が示すように、親密さのメタ劇的な本質を最も鮮明に体現する場となるのです。
その結果、創り上げられたのは、まるでデヴィッド・リンチの映画のような、ディストピア的でありながらも挑発的な空間。それはあらゆる社会規範から解き放たれ、厳格な二項対立を崩す可能性を秘めた、政治的な領域でもあります。ハンナ・アーレントが語る「出現の空間」として、服を着脱するという行為を通じて、親密さがアイデンティティを再構築する手段となるのです。その場所は、本質主義的な概念とは一線を画したものとなっています。

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